「うつくしく暮らす」ことを考える

大地震のニュースを見て呆然としていたときを過ぎ、地震で本棚から崩れ落ちてきた本を、売るものと売らないものに分けて整理する。大津波ですべてのものがさらわれてしまった映像を見た後では、今まで「いる」と思い込んでいたものの半分くらいが「いらない」ものであることに気づく。

売る本の箱に入れようとしていた一冊の本に、付箋が付いていることに気づき、読み返してみる。

「地方の価値は、本来の風土や地勢の保全からしか生まれない。都会が持たないものは、それしかないからである。舗装道路など最低限のインフラ(社会基盤)があり、光ファイバーを敷設すれば、業種によっては企業の移転も可能であるし、職住近接の豊かな地方生活はけっして夢ではない。そのとき初めて地方という壮大な付加価値が誕生するのである。
 会社の窓を開けたら鳥の声が聞こえ、自転車で森を通って家に帰るような生活。自宅の庭で菜園を作り、子どもが川で遊ぶような生活、というだけでは足りない。今日的な意味で〈うつくしく暮らす〉価値観や理想を、地方が自ら示してみせなければならない。
 二十世紀的な消費生活と早晩決別しなければ、経済も資源も環境も立ち行かないのは明らかな今日、地方の価値とは余計なものを作らないことである。ただの〈自然いっぱい〉でなく、〈うつくしい地方〉を積極的に演出することで、きわめて二十一世紀的な価値の創出は可能なはずである。」
高村薫の『作家的時評集2000-2007』の中の一節。『信濃毎日新聞』の2002年4月29日の朝刊に掲載されたものである。

2002年より以前から、このようなことを提言する人はたくさんいたはずなのに、とくに省みられることなく、日本全体が、惰性でここまで来てしまったという事実がある。先日訪れた信州でも、年々活気が失われてきていることが目に見えて明らかだし、そこに住む人々も、その事実に手をこまねいているだけのような印象を受けた。

地震のある日本では、形のあるものは、一瞬にして失われてしまう可能性があるという事実を目の当たりにした私たちは、これから、豊かさの価値観が、物質的なものから、そうでないものにシフトしていく可能性を感じる。

本当に、〈うつくしく暮らす〉とはどういうことか?自分にとって本当に価値のあるものとは?そんなことを、それぞれの人が考えるようになるのではないだろうか?そこに希望の光を見出したいと思う。

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恩師のパーティーの翌日、3月6日に松本駅から見た、懐かしい北アルプスの山並み。常念岳が春風に煙っている ・・・ 駅前(バスターミナル側と反対側=いわば裏側)の街並みは、相変わらずというか ・・・

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コメントありがとうございました

小島です。
コメント、ありがとうございました。
このような静かでありながらも力強いコメントをいただけることは、私にとって、とても力になります。
ありがとうございます。

No title

引用された高村氏の意見に深く共感します。下の子が産まれた20数年程前、”NO MORE 原発”と地域で運動していました。でも危険でも必要だとの大多数に負け、なしくずしになり、それこそ小島さんのおっしゃるように惰性で今日まできました。
このたびの地震による原発原子炉損傷の事実に、本当に無力感を感じ、恥じています。小さくとも声を上げ続けることが日本を担う子供たちへの責任であると痛感するものです。  K.M.
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小島 理恵

Author:小島 理恵
GARDENER Q-GARDEN代表
All About 「花のある暮らし」ガイド
町田ひろ子インテリアアコーディネーターアカデミー 講師

庭のプランニング・施工・ケアまで一貫して手がけている。四季を通じて植物を楽しむことができるオーガニックな空間づくりが特徴。

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