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『物欲なき世界』はなかなか素敵な未来だと思う

一昨年に読んだ、『中身化する社会』にはかなりの衝撃を受けて、周囲の人にすすめて回っていた私ですが、その続編的な本です。

連日、「モノが売れなくなった」とメディアで言われていたり、私自身も、最近のノームコアの流れにのっているわけではないけれど、「毎朝、着ていく服のことを考えるくらいなら、他のことを考えたい」というタイプだったりするわけですが、では、具体的にどんな世界になっていくのか?それはとても興味のあることなわけです。

今の流行の発信地的なオレゴン州のポートランドにも、「快適すぎる」という問題点があるという話や、大都市でオーガニックなビジネスをやることの矛盾についてなど、今の私にとってすごく旬な話題が、インタビューを交えて、わかりやすくまとめられています。

その中で、いちばん刺激を受けたのが、「お金の定義を再考する」という章で語られている内容でした。

物々交換の不便さかから貨幣が生まれたとされる「従来の貨幣説」を否定する、経済学者フェリックス・マーティンは「通貨そのものはマネーではない。信用取引をして、通貨による決済をするシステムこそがマネーなのである」と定義しているとのこと。
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そして、現在世界で流通している通貨は、ドルもポンドもユーロも、その価値が金に裏付けされていない。現代通貨のほとんどは、銀行券という価値の裏付けのない物理的な実態すらない。つまり流通している通貨の大部分は物理的な実態を持っていない。アメリカの場合は90%、イギリスの場合は97%は物理的な実態がまったくなく、銀行に口座残高としてあるだけだと彼は説明する。

 ではマネーを成立させる要素とは何か。マーティンによるとそれは交換の手段ではなく、三つの基本要素でできた社会的技術ではるという。その三つとは、信用、価値単位の提供、譲渡性だ。

〈中略〉硬貨や貨幣など、実際に手に触れることができて、腐ったり壊れたりしない通貨がマネーであり、その上に債権と債務という手品のような実態のない装置が作られているのだと、私たちは考えてしまいがちだ。だが、実際はその真逆なのだと彼は主張する。「譲渡可能な信用という社会的技術こそが、基本的な力であり、マネーの原子概念なのである」

つまり、人に渡せる信用という目に見えない力こそがマネーであると彼は定義する。
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経済学などにまったく興味が持てなかった私は、最近になっても、確か、「金」=お金であって、金を持ち歩くのが不便だから、紙幣などになっていったというようなことを学校で教わったはずなのに、世界中の金の量と関係なく、流通しているお金の額は増えていくなあと漠然と思っていたり、金の相場とマネーの相場があって、どちらも上がっていったりしているのって、どういうことなんだろうか?などと思いつつも答えが見出せなかったりしているわけです。(経済関係のお仕事をされている方から見れば、鼻で笑われてしまいそうですが・・・)そのくせ、会社を経営しなければいけないので、お金のことは考えないといけなかったりして、お金のことって、本当に難しい。

でも、「人に渡せる信用」という力=「マネー」であるのであれば、これは「人に渡せる信用」だねと思えば、その分をマネーで支払えば良い。「信用」を人に渡せば、その代わりにマネーがもらえる。ってことですよね?ということは「人に渡せる信用」が増えれば増えるほど、マネーが増えていく、つまり、利益が増えていくということになるのではないか?と思うのです。ですよね?たぶん。

これって、すごくわかりやすいし、なかなか素敵なことだと思う。
会社の利益をあげることは、「人に渡せる信用」を増やすということ。
うん、いいね。







『アートは資本主義の行方を予言する』

当たり前のことですが、自分の仕事について、いつも考えています。

Q-GARDENはガーデンのデザイン・施工・年間管理を手掛けており、さらに、私自身は、ガーデンデザイン科の講師をしたり、ウェブや雑誌などの媒体に文章を書いたり、本の監修なども行っています。ガーデンに関する仕事はひととおりできます(得意、不得意はありますが・・・)。でも、世の中のために自分がもっとも求められている役割とは何だろう・・・・そんなことを考えていて、最近、「ガーデンキュレーター」という言葉を使い始めたりしています。

ですので、編集者や学芸員の方の言動や著書にとても興味があります。先日、日経新聞の書評欄で取り上げられていた、『アートは資本主義の行方を予言する』(山本豊津著)という本を読みました。これは、銀座にあり、現代アートを扱う「東京画廊」という画廊の社長が書かれた本です。この本の中で著者も書いているとおり、画廊主=「キュレーター」ですね。

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絵画というのは日常の有用性、「使用価値」が低いがゆえに「交換価値」が上がるという、資本主義社会の価格と価値のパラドックスを象徴するものだということがわかると思います。(『アートは資本主義の行方を予言する』より)
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ガーデンに関する仕事も、美術と同様、値段がつけにくい世界です。

「使用価値が少ないのだから、安ければ安いほど良い」と思われる方もいらっしゃいますし、「こんなに素敵なお花が、自宅で毎日見られるなんて、どこかの庭園に出かけて行かなくても良いのだから、その旅費やそこに行くために費やす時間以上の価値がある」と、実際にお客様に言っていただいたこともあります。また、そこに住む人だけでなく、その周囲や通りを歩く人々の目を楽しませることができるのだから、その住人の方の何倍もの人数を楽しませる価値があるのだ。と考えることもあります。

では、どうやって、その価値を伝えていくのか?

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アーティストたちが価値の転換を行うように、それを商う画商が値段をつけて売るからには、価値の転換とその意味を周囲に説明し納得させなければいけません。美の商人であるからには、相手に「美しい」と思わせることができるかどうかで勝負が決まります。そういう意味では私たち画商もまた常に戦っています。

たとえば若い人と少し変わった食事に行くとします。何も説明しないでいきなり食べても、若い人はおいしさや価値を正確に認識できません。こういう時、私は大いに説明します。どんな材料を使っていて、いかにうまいかを散々しゃべるのです。すると聞かされた若い人もその気になって実際においしいと感じる。それをくり返していくうちに、経験知が少ない若い人もだんだんものの味がわかるようになります.

解説すること、評論することも価値を作っていくのです。と同時に多くの美しいもの、おいしいものを体験することで、その価値が感覚として身についていく。だからこそ、私たちは良いものや本物、価値のあるものにできるだけたくさん触れるよう心がけなければなりません。(『アートは資本主義の行方を予言する』より)
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解説すること、評論することもキュレーターの役割のひとつなんですね。ひとつ業界に永くいると、一般の方から見ると特別なことが、自分の中では常識になってしまっていたりすることもたくさんあります。そんな「ヘンな常識」にとらわれず、なるべく詳しく、できるだけ多くの人にたくさん伝えていくことも、私に与えらえた役割なのだなと再認識した一冊でした。



2016年 新年の抱負

新年あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

さて、新年って、何か目標や計画を立てなければという気持ちになりますよね?周囲からも「今年の目標は?」と聞かれたりしますし・・・
私は、これがずっと苦手で、「1月3日までに手帳を整理しないと!」とか、「目標を立てて計画表をつくらないと!」とか、いつも気持ちは焦るものの、いっつも何もできずに仕事始めを迎えていました。(人に「今年の目標は?」と聞かれたときは、それなりに優等生的な回答をしていたので、このことは、周囲の人にはあまり気づかれずにいたかもしれないですが・・・)

ところで、私の知人にはよく知られていることですが、私は「カーナビ嫌い」です。

先日、『アウトプットのスイッチ』(水野学著)を読んでいて、興味深い部分を見つけたので、紹介したいと思います。生物学者の福岡伸一氏と水野学氏が、巻末で対談をしている中に、ミツバチの巣はなぜ美しいのか?ということに触れて、こんな会話がありました。

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水野:一番の近道を歩こうとした結果、ものができあがっていって。それがつまりあとから考えれば合理的に見えると。

福岡:ローカルに合理的なんだけれども、別に全体は見ていないんです。地図がなくても行動できちゃう「マップヘイター」か、地図ありきの「マップラバー」かという概念で私は説明しているんですけど。人間はやっぱり地図の中で自分の位置を確定して、全体を見て、どこからどけに行くかを考える「マップラバー」なんですよ。私たちの脳はね。でも、自然は「マップヘイター」で、地図なんかいらない。そこからはローカルな合理性や便利さが発生して、さらにそれを広げてできるものは合理的だし、美しいんですね。「マップラバー」がどんなにかっこよくつくったものよりもかっこいいわけです。

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マップヘイターの自分って、やっぱり自然に近いみたいで嬉しい・・・

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福岡:何かを目指して、それに向かっていくと、それは結局チープなものにしかならないと思うんですよね。効率優先とか、最短解みたいに見えるけれども、それは本当の解ではない。「今からあの地点に行くためにはどうしたらいいか」というとき、人間が持つ想像力ってたいしたことないと思うんです。むしろ、いろいろあれこれやっているうちに、なんとなくいろんなことがつながってきたり、思いもよらなかったところに関係性が生まれて、だんだん、いろいろなことが出てくる。だいぶ時間が経ったある時点から逆に見ると、ああ、なるほどと、いろんなものがつながっていって、それは非常におもしろいものだというふうになる。だから、設計したんじゃなくて発生してできたものが本当の解なのですが、あとから見ると、あたかも設計されているように見えるというのが実はかっこいいと思うんですよね。

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「人間が持つ想像力ってたいしたことないと思うんです。むしろ、いろいろあれこれやっているうちに、なんとなくいろんなことがつながってきたり、思いもよらなかったところに関係性が生まれて、だんだん、いろいろなことが出てくる。」 なるほど。これ、なんとなく実感としてわかります。

ということで、
今年の目標というか、これからの目標を決めました!

「マップヘイターとして、いろいろあれこれやっていくこと」


本年も、これまでと変わらぬご指導・ご鞭撻をどうぞよろしくお願いいたします。






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プロフィール

小島 理恵

Author:小島 理恵
GARDENER Q-GARDEN代表取締役
All About 「家庭菜園」ガイド
町田ひろ子インテリアアコーディネーターアカデミー 講師

庭のプランニング・施工・ケアまで一貫して手がけている。四季を通じて植物を楽しむことができるオーガニックな空間づくりが特徴。

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