「少女よ、お前の命のために走れ」

これは、2016年6月3日~7月10日にそごう美術館で行われていた「国吉康雄展」の話です。

画家をやっている友人Hちゃんに、「クニヨシっていう画家がいてね、藤田嗣治と同じ時代にアメリカで活躍した人なんだけど。フジタの方が日本では有名だけど、私は、個人的には、このクニヨシっていう人の方がすごいと思っているんだ。」と教えられて、一緒に見に行ったのでした。

この展示会のサブタイトルが、「Little Girl Run For Your Life(少女よ、お前の命のために走れ)」。
会場に入ると、まず、クニヨシのアトリエが再現されたエリアがあり、「ここのエリアだけは撮影OK」ということになっています。

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 最初に目に入る絵がこの、「少女よ、お前の命のために走れ」です。

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そして、少女が現れます。
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わたしが生まれたとき、最初に聞いたのは『走れ』という言葉だった。
〈中略〉
道はわたしの先に続いている。
まっすぐに。
空は暗い。
わたしの後ろに、何かが迫る。
けれどわたしは振り返らない。
わたしは、わたしの命のために、走らなければならないと、国吉が言ったから。
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それで、この少女が、会場を案内してくれるという構成になっていました。

展示を観ていて思ったのは、とにかく見やすい。一見、どこでも見られる展示のように、作品とタイトルがあって、ところどころに解説が入っているのですが、その位置や間隔が絶妙に完璧というか、ものすごくストレートに自分の中に入ってくるんですね。
Hちゃんとも、「この展示、なんだろう?すっごく見やすい。」「こんな感じなかなか無いよね。」などと言いながら見ていました。それで、Hちゃんが、近くにいたスタッフの青年にそのことを伝えたら、「ちょっと待っていてください。」と言われて、この展示のディレクターである才士真司氏と、そごう美術館の学芸員の方を連れてきてくれたのでした。

そこで、才士氏から、今回、この絵をメインのテーマに据えた理由を伺ったり、直接解説をしていただきながら、展示のクライマックスである「クラウン」を観たり、とてもラッキーな時間を過ごせたのでした。

才士氏の話を伺っていてわかったのは、「国吉のことを日本でもっと多くの人に知ってほしい!」という溢れる思いでした。そのためにものすごく準備して、一点一点の展示にものすごく気を使って、少しでも多くの人に理解してもらえるように様々な手段を整えて・・・と、途方もない時間と労力をこの展示のために費やしている。その結果、才士氏の国吉への溢れる思いが、観る人に直接伝わっている。

ああ、うらやましい仕事だな・・・

独立して間もない頃、吉谷桂子さんと一緒に仕事をしながら「理恵ちゃん、仕事って愛なんだよ。」と言われたことがあって、その時はよく理解できていなかったのですが、「最近は、まあわかるようになってきたかな?」と思っていた頃に、「こういうのが愛のある仕事なんだ!」というものに出会った。そんな瞬間でした。

と、同時に、「そうか、自分は、最近、こういう仕事出来ていないな・・・」と、ちょっと泣きたくなる瞬間でもあったのでした。

仕事ってなんなんだろう?
良い仕事ってなんだ?

世の中も、自分自身の仕事の仕方もめまぐるしく変わっている中で、常に頭の片隅にあったテーマではあったのですが、なにかスイッチが入った展覧会でした。

「道はわたしの先に続いている。
まっすぐに。
空は暗い。
わたしの後ろに、何かが迫る。
けれどわたしは振り返らない。
わたしは、わたしの命のために、走らなければならないと、国吉が言ったから。」

これをときどき思い出しながら、
仕事ってなんだ?
って考えながら、これから仕事していくんだろうなと思います。

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開催日の翌日の夕方だったせいか、入場者がまばらだったのも、ラッキーでした。

良い自然素材が適切に使われていると、説明が要らない。

今日は、青海で行われているHOUSE VISIONに行ってから、百年杉の加藤さんに会いに、渋谷のヒカリエへ行ってきました。

HOUSE VISIONというのは、おおざっぱに言ってしまうと、「原寸大に具体化された12の近未来」というテーマで、様々な家が展示されているエキシビション。AR(拡張現実)やVR(バーチャルリアリティー)を駆使したものがあれば、天然素材や、バナキュラーなものにこだわったものもあり、「今は、未来への考え方がすっぱりと二極化しているんだな~」と感じます。

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私は、建築に関しては門外漢なので、個人的な好き嫌いだけで言ってしまいますが、この中で好きだったのは、「吉野杉の家」と「棚田オフィス」。やっぱり、少々不便であっても、素材がむき出しになっていて、自然の風や光を直接感じられる建物の方が気持ち良いなあと・・・iPadを使ったARのプレゼンテーションとか、ゴーグルを着用してのVRとか、なんか、途中で疲れちゃってダメでした。(歳のせいか?)

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「吉野杉の家」
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「棚田オフィス」の2Fからの眺め

次に、ヒカリエ。
ここで行われている「アグリカルチャー物産展」に加藤木材さんが出展されていて、新作の「こぐちキューブ」や「こぐちベッド」が展示されていました。百年杉の香りのパワーを体感してもらうために、50年杉と100年杉のチップの香り比べというのもやっていたりもします。加藤さんに会ったときの第一声。

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「やっぱりさー、もう、世の中にこれだけ木材が少なくなってくると、本能的に求めるようになるんだねー。なんか、みんな、自然に触りに来るもん。植物もそうでしょ?」
「そうですねー。植物も、最近、なんだかこれまで以上に求められているかも。」と応えつつ、先ほど見てきたHOUSE VISIONでは、天然素材の家では、やはり座り込んで長居している人が多かった、などと話をしたりして。

「あとさ、面白いのが50年杉と100年杉の香り比べしてるじゃない?そうすると、100年杉の方の香りを『食べ物の香り』とか『発酵食品の香り』とかいう人がいるんだよ。スゴイと思わない?面白いよね。でも、それって、正解だよね。だって、味噌とか醤油は、みんな樹齢100年以上の木材からつくられた樽で寝かしてつくられるんだから。」
ちょうど、私の隣で香りを嗅いでいた方も、100年ものの方は「甘みがある」って表現していましたね。ちなみに私は、「ウィスキーの香り」って思いましたけど。(笑)

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で、両方行ってみて感じたこと。
良い自然素材が適切に使われていると、説明が要らない。触ったり、そこに居たりするだけで、気持ち良く感じられるから。
ARとかVRは、その良さを理解するためには、説明が必要。でも、その説明が長すぎると疲れてしまう。
ってことかな。

最近、味噌などの発酵食品に注目が集まってきていたり、洋服もオーガニックコットンの方が気持ち良いっていうことがわかってきたりしていることなんかも、なんとなくつながって来ているのかなと思います。人々の意識って、食→衣→住の順番で、住は最後に来るので、もうちょっとでしょうか?庭は住の後だから、さらにその後か・・・
ま、がんばりましょう。

経済のための経済? デザインのためのデザイン?

先日のエアコン売り場の話の続き。

普段私は、植栽という、外から建物に関わる立場で仕事をしているので、室外機の見え方とか、送風口の位置などが非常に気になるわけです。
それで、エアコンの室外機の問題点(室内の数台を、室外機1台にまとめる技術があるのに、なぜそうしないのか?とか、さらに、その一台一台が、デザインが微妙に変わるものが並ぶので気持ち悪いとか、送風口を上向きにすることはできないのか?とか・・・)をいろいろと口にしているくせに、いざ、自分がエアコンを買おうとしたら、そのことがすっかり頭の中から抜け落ちていたことに家に帰ってきてから気がつきました。
家電量販店には、室外機の見本はほとんど置かれていないし、室内機に関するあれだけの過剰な情報を目の当たりにしてしまうと、頭の中が、その情報を咀嚼することに精一杯になってしまって、それ以外の条件ことは、すっかり抜け落ちてしまっていたのです。

そんな頭の悪い自分自身に少々落胆して、そのことについて、このところ時間があると考えていました。

考えてみれば、エアコンというものは、実は、室外機の方が「本体」と言っても良いくらい、室外機の性能の方が重要なはずです。しかし、日本の家電業界では、室内機の部分にセンサーとか、湿度を保持してお肌をしっとり保つ機能とか、自動掃除機能とか、小さな機能を少しずつ加えていくことで、価格を上げていくという戦略をとっています。いわゆる「上位機種」とういのは、それらのオプションがすべて揃ったもののこととなっていて、室外機本体のスペックは変わりません。

これって、他の家電製品や自動車、もっと言うと、大手ディベロッパーが提供するマンションとか、ハウジングメーカーが提案する住宅とか、あらゆるものに同様なことがおこなわれていますよね? それで、これは日本特有な文化なのかな?と思ったりしているときに、以前読んだ、柳宗理さんのインタビューを思い出しました。(特に日本特有の文化ではないみたいですけど、日本から外国を眺めてみると、これほどまではヒドイ現象が起きていないような気がするのは確かです・・・)

西村佳哲さんの『自分の仕事をつくる』という本で、西村さんは、まず、こんなことを書いています。
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私たちは毎日、誰かがデザインしたものに囲まれて暮らしている。別の言い方をすれば、生きてゆくということは、いろんな人の“仕事ぶり“に24時間・365日接しつづけることだとも言える。そして、「こんなもんでいいや」という気持ちで作られたものは、「こんなもんで・・・」とう感覚をジワジワと人々に伝えてしまう。
 そんな貧しい感覚の大量複製に工業化の力が使われるなんて、イームズをはじめとするモダンデザインの先駆者たちが知ったらどう思うだろう。彼らに会わせる顔がないが、私たちは事実としてその貧しさを生きている。モノが沢山あるにもかかわらず、豊かさの実感が希薄な理由の一つはここにあると思う。
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私たちが、無意識のうちに「良いものを選びたい」と思ったり、手に入れようとするものの後ろにある物語を知って嬉しくなったりするということには、そういうものに囲まれた暮らしの方が豊かだという実感があるからなのですね。

そこで、西村氏は、その頃まだご存命だった工業デザイナーの柳宗理さんにインタビューに行きます。柳さんの言葉。

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スケッチなんかあまりしないな。とくにプレゼンテーションのための絵なんていうのは絶対に描いちゃいけないっていう信念があるらね(笑)。そんなインチキはできない。
いまのデザインの考え方は、アメリカの影響だな。つまりコマーシャルデザインだよね。ロサンジェルスにアートセンタースクールっていうのがあるでしょ。僕、戦後に訪問したことがあるんだよ。だけどね、アメリカの自動車のデザインを見て、こりゃひどいことになっているなあって思った。彼らはスタイリングを追及して、机の上でレンダリングばかり描いていた。
でもそんなものからいいデザインなんて、絶対に出てこないからね。それは絵でしかないんだから。まあ素人に見せるにはわかりやすいだろうけど(笑)。でもインチキだと思ったね。
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うーむ・・・ 
「インチキ」か・・・
講師として、プレゼンテーションのためのスキルを教えるという仕事もしていたりする私としては、耳の痛い話ではありますが、でも、確かに、「素人に見せるにはわかりやすい」という面もあり・・・

まあ、私の講師としての仕事の話は置いておいて、西村さんは、柳さんへのインタビューのまとめとして、こんなことを書いています。

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どのような分野にも、技術進化の過程で起こる倒錯現象がある。目的と手段が入れ替わってしまう現象だ。
<中略>
 このような人を見かけると、私たちは苦笑するかもしれない。が、デザインにおいても経済においても、同じことが行われている。企業社会における経済活動の大半は、経済のための経済であり、より多くのお金を引き寄せるために仕事がかさねられる。しかし本来お金は、人間同士が交換している様々な価値の一時的な代替物に過ぎず、それ自体が目的ではなかった。
<中略>
 優れた技術者は、技術そのものではなく、その先にかならず人間あるいは世界の有り様を見据えている。 
 技術の話をしている時にも、必ず単なる技術に終わらない視点が顔をのぞかせる。音楽家でも、医者でも、プログラマーでも、経営者でも同じだ。

柳氏がアートセンタースクールで感じた心地悪さは、デザインが「人を幸せにする」という本来の目的を離れ、デザインのためのデザインという堂々めぐりに陥りはじめている、その無自覚性にあったのだと思う。デザインに限らず、経済のための経済、医療のための医療、消費のための消費など、目的と手段のバランスを失わない唯一の手段は、私たち一人一人が、自分の仕事の目的はそもそもなんだったのかを、日々自問することにある。
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あの、エアコン売り場で感じた居心地の悪さは何だったのだろう?と改めて考えます。
もしかしたら、美しい室内を邪魔しないために、一生懸命に無駄をそぎ落として考えられたデザインのものもあったかもしれません。もしくは、お金を取るために、小さな機能を一つ一つ加えていくことでグレードアップするという戦略を取っているメーカーもあったかもしれません。ただ、商品を売る側が、それぞれのメーカーや作り手の思いを一色単にして、「こうしたら選びやすいでしょう」と提案している方法が、画一的すぎて、それぞれのメーカー(作り手)の思いが無視されていたことが、原因だったのかもしれません。

仕事をたくさんいただいて、忙しくなってくると、どうしても「こんな感じでOKかな?」という感じで、自分の仕事に対する基準が甘くなってしまいがちです。
今回の、家電量販店でのエアコン選びは、正直言ってとても疲れたけれど、「自分の提供する仕事の一つ一つが、そこで暮らす人に対して、影響を与えるのだ」という、当たり前のことを改めて認識する、良いきっかけになりました。



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小島 理恵

Author:小島 理恵
GARDENER Q-GARDEN代表
All About 「花のある暮らし」ガイド
町田ひろ子インテリアアコーディネーターアカデミー 講師

庭のプランニング・施工・ケアまで一貫して手がけている。四季を通じて植物を楽しむことができるオーガニックな空間づくりが特徴。

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